最高裁判所第一小法廷 昭和50年(あ)2102号 決定 1976年5月25日
本籍
大阪市八尾市久宝寺一丁目一二七番地
住居
同 八尾市神武町一番七七号
会社役員
美濃正雄
大正一二年一二月三日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五〇年九月二五日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告をを棄却する。
理由
弁護人丸尾芳郎の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点もあるが、その実質は、すべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)
○昭和五〇年(あ)第二一〇一号
弁護人丸尾芳郎の上告趣意(昭和五〇年一二月一一日付被告人 美濃正雄
第一点 原判決は憲法第三十一条に違背し、法律の手続によらずして被告人に有罪の言渡しをなした違法がある。
第一、本件犯則所得の計算について、原審において弁護人は、「昭和四五年度期首、原材料棚卸高犯則金額四、四二〇、九〇〇円、同年度期首半製品棚卸高犯則額、二、九四七、二〇〇円を収入の部に計上したのは誤りである」との主張に対し、原判決では、
「そもそも昭和四五年度の犯則所得は、昭和四五年度の期首棚卸高として、それぞれ公表金額に受入れた棚卸高を基礎として計算すべきものであり、その受入額が実際の棚卸高と異なる場合には、その差額を考慮すればよいのであつて(右金額につき修正申告をしたか否かは関係はない)その差額が生じた点につき、ほ脱の意志がないときはともかくとして、ほ脱の意思がある以上、その差額は犯則所得として加除算されるべきものであるところ、前記のとおり、昭和四五年度期首原材料棚卸高を過大評価する一方、半製品仕掛品については、過少評価すると共に、一部棚卸除外のあつたことを、被告人は十分認識しながらあえてこれを、公表棚卸高に受入れて、同年度の所得計算の基礎としたものであるから、右両勘定科目につき生じた実額との差額を犯則所得としてその加除算を行うことは、決して誤りでなく、従つてその処理方法として、加算的減算法により、所得の各金額を犯則所得の部に計上して処理した原判決には所論の誤りはない」
としている。
そこで原判決は、「ほ脱の意志がないときはともかく」と云うのであるから、ほ脱の意思がなければ、本件差額を犯則所得として計算することは出来ないことになろう。
然らば、右の判示のとおり、「昭和四五年度期首原材料棚卸高を過大評価すること」はなる程、ほ脱の意思と云えようが、「同年度期首半製品仕掛品について過少評価したり、一部棚卸除外」をすることが、何が故にほ脱の意思となり得ようか。
蓋し、期首棚卸製品を過少評価したり、その棚卸の一部を除外することは、所得を過大にする事であり、ほ脱とは全く反対の行為即ち、利益過大の紛飾行為であつて、何らほ脱の意思に当らないことは明白であるからである。
これら詳細については後述する。
第二、ところでそもそも、本件犯則所得の計算につき、かくも上告までして争う理由は、本件の如き前年度に修正申告又は、更正がなされ、同金額が翌年の期首に受入れられた場合、大阪国税局としては一定の方式(調理)により、一律に処理されている。当弁護人としては、このような処理の仕方が誤りであり、他のすべての事件についても同様に処理されている。(第一審判決によれば「本件以外の他の犯則事件もすべて後者の方法によつて処理されており、本件にのみ特別の計算方法ではないことも明らかである」としている)然も、実際税金の支払に当つては修正申告をして納税した金額は差引いて課税されるため、一般に右の誤りが見逃されて来ているので、このまゝ放置すれば、あらゆる脱税事件において、この誤りが繰り返されるとの点に思を致し事柄は単に本件のみにかゝわらず、極めて重大な意味ありと考えるに至つた次第である。
そこで本件につき、同国税局の処理の方式を検討して見よう。検察官提出の冒頭陳述書添付修正損益計算書(二一〇頁)によれば、原材料棚卸高、支出の部に当期増減金額、内犯則金額二、〇四〇、三〇〇円、収入の部に四、四二〇、九〇〇円とし、半製品棚卸高、支出の部、内犯則金額五、五三九、一八〇円収入の部に二、九四七、二〇〇円と記載され、その計算根拠として同書添付の調査所得の説明書(二二〇頁)によれば、右原材料収入の部の二、〇四〇、三〇〇円は過大評価分△一、一二四、七〇〇円と棚卸除外分三、一六五、〇〇〇円とに内訳され、(イ)過大評価分については『けん疑者は「……各年末の棚卸高を実際の仕入額で評価すると、別所商店等からの三〇〇円の水増し仕入がわかつて終うので、各年分とも同人からの仕入ドラムを実際仕入の額より三〇〇円高く評価している」と供述し、且四六・八・二五日その明細を確認書として提出した。
以上により、期首棚卸高の過大評価額を確定することができるので犯則とした。』とあり、(ロ)棚卸除外額の確定について、『けん疑者は「四三年四四年四五年の各年分とも納める税金を少くしたいと思つて、年末の棚卸高を過少にして申告した』と供述し、けん疑者の長女敏子は、「八尾税務署青色申告者つづりに編綴されている「四四年一二・三一棚卸表」が四四・一二・三一現在の実際棚卸表です」と供述し、四六・八・二五「四四・一二・三一現在の棚卸除外明細と題する確認書を提出した。以上により、期首棚卸の除外額を確定することが出来るので、犯則とした。』
となつている。
これは要するに、昭和四四年の期末の同勘定科目が確定出来たから、昭和四五年度の期首として確定出来ると云うに帰する。試みに、昭和四四年期末の同勘定科目(一四八頁)では、確定の根拠につき、右と全く同一の根拠としている。
然して、右昭和四五年度期首原材料棚卸高の収支の部四、四二〇、九〇〇円については、同調査所得説明書(二二一頁)によれば、「公表期首棚卸額の否認額である。」とし、その説明として、
「これは八尾税務署の四四年分の所得税調査で発覚した棚卸除外額を四三年と四四年に分割して修正申告を提出し、本年の期首において、その除外額を公表帳簿に受け入れしたことに基づく期首棚卸高の否認額である。この事はけん疑者の四六・七・一九質問てん末書問4で「……所得税調査の時、棚卸の除外を見つけられ、四三年と四四年にわけて、修正申告を提出した……」と供述していること、「八尾税務署青色申告者つづり」に実地棚卸の明細が編綴されていることにより期首棚卸高の否認額を確定することができるので、犯則とした。」
との旨記載されてあり、期首半製品棚卸高についても全く右と同様の論法で処理されている。
同国税局の右処理では、前年度修正申告に基く翌期受入れにつき、犯意を論ぜず、或はすべて犯意ありとして処理しているものと思料される。
然しながら、前年の修正申告分と同額の犯則金額で過不足のない場合、即ち棚卸除外を一〇〇万円していたとして、修正申告し査察調査の結果、その金額相当の棚卸除外で全く過不足のない場合、更に換言すれば、それ以外に過大評価や、棚卸除外のない場合は、これらその他に違反を認識するものはない訳であるから、これを翌期に受入れることは当然のことであり、何らほ脱の意思はないことになる。
従つて、同国税局の前記方式(調理方式)による一律処理は間違つていると云わざるを得ない。
更に進んで右修正申告一、〇〇〇万円の外に棚卸除外五〇〇万が発見されたとすれば、右一、〇〇〇万円を翌期に受け入れるに際し、右除外額五〇〇万円があつたことは認識していたと云えよう。
然し、その五〇〇万は、前期の期末においては、利益の隠匿であるから当然にほ脱の犯則となるであろうが、翌期の期首においては、利益の過大(紛飾)となるから何らほ脱の意思を以つて問擬する事は出来ないであろう。
実際はこのような実例が多いと思われる。
このような場合においても同国税局の処理は誤りと云わねばならない。(このような処理の例として、大阪地方裁判所昭和四七年(わ)第一二六一号竹本電機計器株式会社にかゝる法人税法違反事件に見られる。同事件について同弁護人が事件を担当し、所得計算につき不服であつたが、判決結果が罰金刑に終つた為被告人が控訴を望まなかつたので、そのまゝ確定せしめた)
第三、翻つて本件を見ると、
原判決で判示しているとおり、昭和四五年度の期首において、原材料棚卸高の実際額は一、一三〇万四、三六〇円で、その申告額は一三、六八万四、九六〇円であり、その差額二三八万、六〇〇円である。
然して、右差額が生じた点について、ほ脱の意思があつたか否かを検討して見ることにする。
右実際の棚卸高金額一、一三〇万四、三六〇円は前年の期末と同額であり、公表金額が九、二六四、〇六〇円と同期末犯則金額二、〇四〇、三〇〇円の合計である。
然して、右の差額が生じたのは、前年度の期末の公表金額が、九、二六四、〇六〇円であつたにかかわらず、当年度の期首の公表に四、四二〇、九〇〇円を受入れて、一、三六八万四、九六〇円とした為である。
然らば右四、四二〇、九〇〇円の受入れがほ脱の意思によつたものであるか否かによることになろう。
右受入れは原判決でも認めているとおり、前年度期末に、同棚卸除外四、四二〇、九〇〇円あつたものとして、八尾税務署の指導により修正申告し、その結果当然の事として当期(四五年度)に受入れたものであるが、その際原判決でも判示しているとおり、別に過大評価があつたことは認識していた筈である。
ところで前記四四年末の犯則金額二、〇四〇、三〇〇円は過大評価分△一、一二四、七〇〇円と棚卸除外分三、一六五、〇〇〇円とに内訳出来る。
棚卸除外分については、被告人は同期末に八尾税務署に実際の棚卸表を発見され、同署の指導により、四、四二〇、九〇〇円の除外棚卸しと認識していたのであるから、査察の調査によりそれを下廻つた三、一六五、〇〇〇円となつても、その差額まで予め認識して犯意があつたとは云えないであろう。
過大評価分については、被告人において認識していたことは明らかであるが、四四年末においては、利益の過大であるから、ほ脱とはなり得ず所得にはマイナスの要素となつている。
然し翌年(四五年)の期首では利益を秘匿することになる。従つてこの事実を秘して右のとおり棚卸分として四、四二〇、九〇〇円を四五年期首に受入れたのであるから、この勘定科目に限つて云えば、右受入れは過少の申告と云えよう。
然して何が過少かと云えば、右過大評価分一、一二四、七〇〇円が秘匿された所得であるから、右金額は犯則所得となる筈であるから、右の四五年受入れ金額の四、四二〇、九〇〇円の内一、一二四、七〇〇円を犯則とし、残三、二九六、二〇〇円は犯意を欠くものとして、その他所得と処理すべきとは明らかであろうと思料される。
半製品棚卸についても、同様の処理により、四五年期首受入れ金額二、九四七、二〇〇円より過大評価分合計一、八七〇、二〇〇円を犯則金額とし、その残額一、〇七七、〇〇〇円その他所得として処理すべきものと思料する。
四四年末には修正申告した二、九四七、二〇〇円以上に棚卸除外があり、これを秘匿して翌期(四五年)に受入れたとしてもこれは四五年度期首においては、利益の過大(紛飾)であり、ほ脱の意思となり得ないことは前述したとおりである。
第四、以上のとおりであるから、原判決は昭和四五年の期首における受入額と実際額との差額につき、そのよつて来たる計算過程につき審理をつくさず、慢然と「昭和四五年度期首原材料棚卸高を過大評価する一方、半製品仕掛品について、過少評価すると共に一部棚卸除外のあつたことを被告人には十分認識していた」と云うに止るのであつて、期首における棚卸高の評価を誤り延いては所得税法第二三八条の法令の解釈を誤つたものである。
よつて原判決は、憲法第三十一条に違背するので、破棄を免れないものと思料する。
以上